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感想『恋と禁忌の述語論理』

恋と禁忌の述語論理 (講談社文庫)

感想

井上真偽著『恋と禁忌の述語論理』

 

森帖詠彦から数理論理学者の叔母、硯さんへの相談。それは名探偵が解決した事件、その推理の真偽の証明。記号化により推理は論理へと姿を変え、見えているはずなのに見えていなかった矛盾を示す。

 

まず本書の特徴といえば数理論理を用いた推理の証明に違いない。

『毒殺は故意か事故か』『不特定多数の容疑者』『殺人犯は双子のどちらか』など。取り上げられるのはマスターピース的な事件であり、そして提示される推理もまた“一見して”なんら違和感のない、筋の通った内容である。しかし、それで終わらないのが本書。推理論理学の天才である硯さんは、推理という弁論を論理学により記号化し、言語では煙に巻かれていた矛盾を露わにしてしまうのだ。各推理の証明に用いられる論理は一から解説がなされるため、まるで授業を聞いているかのような感覚で、文系人間でも読み解くことができるので安心できる。

 

難事件、名探偵による推理、推理の論理・記号化、論理的矛盾点の指摘、そして真実の提示。ひとつの事件に対して何度も引き起こされるカタルシスの快感こそ、本書を楽しむうえでの醍醐味に違いない。特に探偵の推理を論理学的に記号化していくパートでは、なんとなく理解しているつもりだった、なんとなく納得していたという、自分の認識の曖昧さを明確な形で指摘してくれるのが気持ちよくてたまらない。

 

ちなみに、私はレッスン3『トリプレッツと様相論理』がお気に入り。雪の洋館、双子、足跡トリック、そしてチェーホフといったミステリの定番。さらにヘンペルのカラスという論理学の定番。ともすればひどく古臭くなってしまいそうな話が、作者の手腕により新鮮な物語として綴られるのが興味深かった。

 

ところで本書はメフィスト賞受賞作なのだが、メフィスト系ミステリといえば『圧倒的な情報・知識量』『むせかえるほどのキャラクタ性』そして何より、これらを利用した『本質的たるミステリ』こそが持ち味だと私は考えている。本書においても前者二つは『数理論理学』『安楽椅子探偵たる硯さんと事件に対峙する名探偵』というエンタテイメントとして読み進めてしまうため、最後のひとつを読者に対して見事なまでに自然に・無意識的に享受させることに成功している。

ミステリ小説としてだけでなく、論理学・記号化により『今、自分が何を読んでいるのか?』を改めて認識するためのツールとして、最初から最後まで楽しむことができる一冊だろう。

 

恋と禁忌の述語論理 (講談社文庫)

恋と禁忌の述語論理 (講談社文庫)