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感想『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(ネタバレ無) 霊媒×倒叙×翡翠ちゃんかわいい=怪作ミステリ

2017年10月。今村昌弘著『屍人荘の殺人』が発刊され、国内ミステリ大賞を総なめにし大きな話題となった。

そして2019年9月。賞レースを総なめにするミステリ小説が再び現れた。
相沢沙呼著『medium 霊媒探偵城塚翡翠』だ。

 

medium 霊媒探偵城塚翡翠

 

まず読了した感想、結論から書かせてもらおう。一言に尽きる。

 

翡翠ちゃんかわいい」

 

以上だ。
他の読者も読み終わったら必ず「翡翠ちゃんかわいい」と感想をまとめるに違いない。
実際、ネット上にはネタバレ無しの感想に困った読者たちの「翡翠ちゃんかわいい」が飛び交う羽目になり、ミステリ界に一体何が起こっているのか興味をもった人間が現れ、読み、「翡翠ちゃんかわいい」に汚染されることになった。いわば翡翠ちゃんかわいいゾンビ現象だ。かくいうわたしもそのゾンビのうちのひとりだ。
ちなみに作者もこんなツイートをしている。

 

 

よって、これ以上語れることがないのだ。
……とはいえ、それで終わらせてしまうのは非常にもったいないほどに、本作には魅力が溢れている。特に「すべてが、伏線」と銘打たれた、無駄のない緻密な文章構成、そしてそれを読者に意識させない読み口の滑らかさは絶妙だ。
そこでひとまず、ネタバレを抜きにして、本作の感想を記そうと思う。未読の方もどうか安心して読んでほしい。

 

本作は主人公の推理小説家・香月史郎と霊媒を名乗る少女・城塚翡翠による物語だ。
ある相談をきっかけに翡翠と出会った香月、二人は殺人事件に遭遇してしまう。香月は培った推理力、そして翡翠は超常的な霊媒能力を用いて事件を解決し、そしてまた新たな事件に巻き込まれていく。
構成としてはエピローグとモノローグ、それぞれの事件を取り扱った短編が3話、プロローグから示唆される連続殺人鬼を描いたインタールードが各話の幕間に挿入され、その決着が最終話として展開される。

 

大きな特徴はやはりタイトルを冠している「霊媒」の存在だろう。
霊媒たる翡翠はその能力により、事件の真相、もしくは手掛かりを入手できる。しかし、当然、霊媒には証拠能力がない。「わたしはあの人に殺されましたー!」「よしっ!逮捕だ!」が即成り立つなら世の中は霊媒師で溢れかえり、探偵は路頭に迷うに違いない。
霊媒では逮捕ができない。そこで活躍するのが主人公香月による捜査と推理だ。警察とのコネを使い証拠を手に入れ、推理小説家として培った論理構築力で、非現実である霊媒と現実である事件とを結びつける。

通常の推理小説であれば「推理→真相」で物語が進む。それに対し、本作では「真相→推理」という逆算の推理が用いられている。
つまり、本作は霊媒能力を用いた「特殊設定ミステリ」であり、同時に、真相から犯人やトリックを暴く「倒叙ミステリ」でもあるのだ。

 

この「逆算の推理」が読んでいてなんとも心地いい。
通常、ミステリには推理の可能性が無限大に存在している。全てが伏線と銘打たれている本作においては、普段より疑い深くなってしまうせいで、想像の余地はさらに大きく広がるだろう。
だが、倒叙ミステリであれば読者の負担は大きく和らぐ。「この描写は真相を導くために必要か否か。どう利用すれば真相を導けるか」の推理・検証に思考が絞られるからだ。この論理化作業には主人公香月の推理小説家という設定が役立っている。読者としても、事件から解決までの間の、空白化された物語を補ってくれる彼の存在は非常に心強い。ミステリ初心者でも安心できる強い味方だ。
加えて、各短編で新たに明らかにされる翡翠の能力や人間性、連続殺人犯との決着へ期待を高める描写とさらなる謎を臭わせる幕間。この繰り返しがちょうどいい塩梅で、読む手を休めさせなかった。
なお、それぞれの事件の推理難易度は比較的甘口だ。ミステリ好きからすると少し物足りないかもしれない。しかし短編ミステリである以上、謎は複雑すぎず、スパンッと1点で連鎖的に解決できるほうが読み心地よくて個人的には好きだ。

 

また本作はバディものとしても魅力的だ。
ホームズとワトソン、火村英生と有栖川有栖明智恭介と葉村譲に代表されるように、ミステリ小説とバディものの相性は非常にいい。探偵ひとりでも事件は解決できるかもしれないが、それでは探偵の頭の中だけで全てが完結してしまい、読者が推理を楽しむことができない。探偵が自己完結する小説はミステリではなく探偵小説だ。
そこで探偵は助手の手を借りる。探偵は助手への説明を通じて読者へと思考を伝える。助手は読者の抱く疑問を探偵へ代弁してくれる。いわば助手は作品と読者の媒介だ。さらに二人の会話や行動から、キャラクタ性や関係性など、物語に深みが生まれる。

 

香月と翡翠もバディとなることで変化を迎えた人物だ。
翡翠霊媒の能力を「事件解決の役に立たない」と貶し、自らの存在そのものを責めたてるシーンがあるが、そんな彼女の負を消し去ったのが香月の存在だった。彼は霊媒翡翠しか持たない誇るべき能力だと賞賛し、自分と協力することで事件は解決できると断言さえする。他人からは理解されない存在、天涯孤独であると、ことあるごとに独りが強調される翡翠にとって、香月の言葉はまさに自らを照らす明かりだったのだろう

 

また香月自身も翡翠の存在により、内面に大きな変化を迎える。

その心中の変化をわかりやすく読者に伝えるために用意されたのが二人の恋愛要素だ。男女バディかつ一方が美少女ということで、期待はしていたが見事に答えてくれた。恋愛等の日常描写においては、日常の謎や青春を扱う作品を数多くリリースしてきた作者の手腕がいかんなく発揮されている。今作では殺人を扱うということで、全体的にシリアスな緊張感が漂っているのだが、恋愛要素が緩和剤として上手く働いていて、読み口が重くなりすぎてないのは流石だと思った。やはりかわいいは正義なのだ。翡翠ちゃんかわいい。

 

さて本日のメインディッシュである翡翠ちゃんのかわいさについて語ろう。
翡翠ちゃんのかわいさは一見してどこかテンプレートチックだ。圧倒的美貌、秘めたる謎。世間知らずで、年齢未満を匂わせる純粋な感性を持ち、天然のドジっ子めいていて、自らの能力に苦しんでいる。ここまでベッタベタなキャラクタ、胸焼けしないかと思うが、ご心配なく。本作は非常にシリアスなミステリである。

キャラクタ的魅力に加えて、翡翠ちゃんを中心にした描写は男子諸君のウィークポイントを狙い撃ちにしてくる。「やっぱりそういうとこ見ちゃうよねー」や「男の子ってこういうのが好きなんでしょ?」をものの見事に網羅してくるのだ。作者が「男子目線での女子の描写」にいかに長けているのかを思い知らされる。思えば過去作のマツリカシリーズのマツリカさんもフェチズムの塊だった。非常にポジティブな意味でキモチワルイ。
とまぁ、そんなかわいい翡翠ちゃんに対して男子たる香月が想いを芽生えさせるのも仕方ない。気になる女の子のことはもっと知りたくなるのは当然のことだ。探究心はフェチズムから生まれる。君の視点こそが読者の視点になる。だからもっとやれ。もっと悶えろ。もっと苦しめ。

 

ところで本作はバディものミステリとしては少し特殊な関係性をもっている。
事件の推理と真相の解明が探偵、その手助けをするのが助手であるとすれば、香月と翡翠の関係はそれに倣いつつ、別の側面も持っている。仮に推理を行う者を探偵と定義するなら、探偵は香月、助手は翡翠になる。しかし真相を掴む者を探偵と定義すれば、探偵は翡翠であり、香月の推理はむしろ助手的役割を得る。言い換えれば両者は共に、探偵であり助手なのだ。

香月が探偵で翡翠が助手というのは、作中での扱われ方、そして読者視点としても一般的だろう。一方で、霊媒以外の作中大部分で助手的な立ち回りをする翡翠が、タイトルである「霊媒探偵」つまり探偵役を冠しているのは興味深い。また助手役は探偵役と読者の媒介役と先述したが、香月は探偵翡翠の示した真相を物語として読者に媒介しているので、助手役を全うしているとも読める。

厚みを持った頼もしい関係性に見えるが、一方で、この相互補完構造は通常のバディ以上に危うさを孕んでいる。なぜなら、探偵がどちらか片方になった途端に推理か真相かの、どちらかが欠けてしまうからだ。よって事件は迷宮入りを果たしてしまう。

……実は作中では、未来でこの欠損が発生することがほのめかされている。香月と翡翠、どちらか片方だけになってしまった場合、果たして事件は解決できるのか?という疑問への不安と期待。それもまた本作を読み進める意欲へと繋がっているのだろう。答えが出るパートは本作随一の読みごたえなので、どうか楽しみにしてもらいだい。

 

最後に、ネタバレにならない程度に本作の神髄について踏み込む。
「すべてが、伏線」このキャッチコピーは「もう一度読みたくなる」や「ラスト一行で物語は変貌する」などの似た表現を含めて、昨今では陳腐化しつつある。カタルシスという報酬を約束することで興味をそそろうとしているのは理解できるが、同時にこれはとても危険な諸刃の剣として作者側にも襲いかかってくる。

「最初から隠してることがあるよ!最後に種明かしがあるよ!だからみんなも探してみよう!」と手の内を明らかにしたうえで挑発しているのだ。ミステリ初心者でも疑ったうえで読書に挑んでしまうし、熟練のミステリ猛者たちなら、裏の裏の裏くらいまで読んで考察にとりかかってくる。また、先に保障している以上、髙い水準のカタルシスが作品に要求されるのも理解しておきたい。「挑発してきたくせにこの程度のオチかよ」と興醒めさせてしまうのは、絶対にあってはならない。

 

しかし、こんな逆境にあってなお、本作はこのキャッチコピーを選んだ。なぜか。

「この言葉を冠すること」自体に意味があるからだ。

 

読者に対し、真っ先にこれを提示したことに、わたしは賞賛を送りたい。これは作者からの挑戦状だ。怪盗が警察に予告状を送りつけるのと同じだ。どうぞ警戒して読んでくださいと高らかに宣言しているのだ。

 

その挑戦に決着をつける最終章はまさに圧巻の出来としか言えない。
ここまで散々語り尽くした魅力が牙をもって襲いかかってくる。つまり「霊媒という特殊性」「倒叙ミステリという方法」「バディものとしての関係性」「翡翠ちゃんかわいい」「すべてが、伏線」がぎゅうぎゅうに詰め込まれた、もはや「答え合わせという名の暴力」と呼べる怒涛の展開が待っている。

ミステリ初心者なわたしはぼっこぼこにされすぎて、自然と笑いが込み上げてきて、むしろ一周して気持ちよくなったくらいだ。

 

以上、ネタバレのない範囲で感想を述べたが、この作品の魅力を語りきったとは到底言えない。もっと事件の仔細に触れたいし、翡翠ちゃんの魅力を語りたいし、香月もがき苦しめって言いたい。
なので、本ブログで興味を持った方はぜひ読んで、ネタバレ配慮に苦しんで、こう感想を述べてほしい。

 

翡翠ちゃんかわいい」

 

medium 霊媒探偵城塚翡翠

medium 霊媒探偵城塚翡翠